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1. では、どんな土でも、やきものは出来ますか? はい、どんな土でも、形を作ることが出来れば、やきものに成ります。 唯、土の耐火度の問題があり、焼成する温度が、異なってきます。 文明の地には、大きな川がありましたね。川は自然に「水簸」してくれ一定の粒子の土が貯まります。 雨が降ると山にあった土が流れ出します、細かい粒子ほど、下流に流れて、堆積します。それが、粘土なんです。皆さんも川の流れの淀んでいるところに堆積した土を御覧になったことがあると思います。今度、探して下さい。取ってきたら、すぐ、粘土になります。そして、ビールを呑みながら、七輪で焼いてみて下さい。 ただ、このあたりの川の土では、七輪で焼いても、水には溶けませんが、水は漏ってしまいます。ですから、蓋置など、作ってみて下さい。 もし、その土が白かグレー色をしていたら、1200度の高温にも耐え、水も漏らない物が出来ます。私は、旅行をした時、フイルムのケースにそうゆう粘土を詰めて内緒で持ち帰ります。ちょうど一缶で、ぐい呑一個が作れ、それを焼いて、記念のお土産にしています。 以前、淡水エイの生態を観察するため、アマゾン川のクルージングに行った折は、河の両岸には、いたるところ、粘土だらけで、毎日、暇をもてあましておりましたから、甲板で、手練りの盃を作り、乾燥させて、持ち帰りました。 その後、水漏れするような土には、それを防ぐため、研磨することを人類は発見いたます。 まだ、水分の残るうちに、石などの硬いツルツルしたもので、表面を擦るんです。すると、土の粒子が、密着して、水漏れがとまります。これが、中国では、龍山黒陶、斉家、日本では、弥生土器がそれに当たります。 2. それでは、その青磁をはじめられた、きっかけは何ですか? 私の家では、祖父の時より、やきものを作っております。 祖父は、「染付け」を中心に「祥瑞」が得意でした。 父は、「赤絵」特に、「豆彩」を研究しております。 そんな中に、私が修行に入ったのが、18歳のときでしたが、 「土もみ」は小遣い欲しさに、小学校を卒業する前に、覚えており。 ですから、「ロクロ挽き」を徹底的に教え込まれました。 そのころ、我が家では、高級料亭の食器のご依頼を受け、20とか、30、多いときで50ぐらいの仕事です。寸法、形を狂いなく合わさなくては成りません。これが今となっては、技術的な面で凄く、勉強になったと、感謝しています。 そのころ、父より「絵は許可が有るまでは絶対に書いてはならない」ときつく、いわれ、自分の作品などは、まったく、作らせてもらえませんでした。でも、欲が段々出始めたころ、「染付け」の釉薬が溜まって、濃くなっているところを見ると青いのに気が付きました。 「意識的に厚く掛けたら、青磁になる!」それが、きっかけなんです。そして、内緒で、青磁の色見を窯の端っこに、入れておりました。 そんな色見を、あるとき、祖父に見つかり、「お前、青磁がしたいか?」といわれ「はい!」と答えたら「祖父の参考品の中から、砧青磁の袴腰の香炉」を与えられ、これを「習う」ようにいわれました。 父には、勝手なことして何かを作ったら、怒られましたが、祖父が、父に言ってくれたおかげで、その「砧青磁の袴腰の香炉」を研究することだけは許されました。父も、祖父が言ったことだし、仕方なかったんだと思います。でも、夜か、父の出掛けた、不在の時だけしか、そのことは、やれませんでした。 そこに、思い出の、その香炉を持参しましたので、後で、御覧下さい。 3. 青磁の研究はどのようになさったんですか? 私の場合は、やきものの学校に言ったわけでもなく、まったく独学です。まあ、見よう見まねで、基礎的なことは、家で知っておりました。 ただ、勉強といえば、この世界に入ったら、やきものに絵は描かせてくれないんですが、大和絵の先生のところに入門させられたり、謡の稽古、習字の稽古、挙句は、「お茶の稽古」まで行かされ、まるで、花嫁修業みたいものでした。 今となっては、そのことが、作陶する以前の精神的なことで、非常に役立っていると思っており、感謝しております。 さて、本業の研究ですが、私の先生は、「宋時代の古典(古美術)」でした。我が家の窯はそんなに大きくありませんので、月に2回か3回、窯を焚いており。そこに、色見を入れるこが、第一歩でした。やきものは、焼いてみないと、結果がでません。繰り返し、繰り返し、一歩一歩ずつ、目的のものに近づける作業でした。その色見をポケットに入れ、博物館へ通いました。青磁の場合、同じ光線の状態で、比べないと、判らないんです。 4. 官窯青磁の一番沢山ある、博物館はどこですか? 台北の故宮博物院です。何度も、訪問させていただいておりますが。そんな中で、毎日、宋時代の青磁の部屋に入って、スケッチをしたり、色見を出して比べたりしていましたんで、警備のおじさんに見つかり、 「何してんだ」 「こうゆう物を作るために勉強しに来た」といったら、 「儲かるか?」と聞き返されました。 その台北の故宮博物院へ訪問した時に、「汝官窯」という青磁に出会いしたんです。それまで、青磁とは、楷書で、硬くて、きちんとしたものと考えておりました。 ところが、「汝官窯」には、それに加え、「冷たいものでありながら、温かみがありそうなんです」「へこむはずないのに、柔らかそうに思え」、手を出して「触ってみたい」衝動を受けるんです。 「汝官窯」の「汝」という字は、「さんずい」に「女」なんですね ひとことでいうと、字の如く「水も滴る、いい女性」と解釈しています。 「さんずいの水」と「女」で「汝」なんですね。 台北の故宮博物院の当時、院長だった、将院長さんに、このことを、申しあげたら、笑って、中国も同じですと、意味が、通じました。 その、「汝官窯」のやきものは「繊細、優美で、巧みなる技を具備し、気品に満ちた格調高き姿」と憧れ、いつも、このように、申し上げています。 うまくいえませんが、中国の焼き物で、ひとつだけ、選べといわれたら、絶対「汝官窯」の青磁と、言います。「その中で」といわれたら、「破片でも満足です」と答えるでしょう。今回、その破片を持参いたしましたので、御覧ください。 5. .最近の忍さんの作品は、古典というよりも、新しい感覚のものが、多いようですが? はい。宋時代の青磁に憧れ、習ううちに、どうしても、それには、叶わないということに気が付きました。何ぜだと、思われますか? それは、「時代です」「環境です」。憧れる宋の時代に、この身をおかないかぎり、だめなんです。でも、そんなこと、タイムマシンでもなければ、不可能です。そこで、少しでも、近づきたいと考えました。 「そんな、宋の時代には、どんな美術品が有ったんだろう?」と、 「それは、宋の時代以前の唐、五代のものです」そこで、唐、五代の美術品を見ることに心がけました。そして、「この唐、五代の物が出来た時には」何があったかと、次第に遡っていきました。それでは、「最初には何があったんだろう?」何でしょうか? それは、人の作ったものではない、自然です。 植物、動物、自然現象から、造形の触発を受けることが、より、美しいものを作る道である。 言い換えると「自分自身の内面に有る、自分自身でも気が付いていない造形を、引き出してくれるのが移り行く自然である」なんです。 そんな中、ふと、我が家の庭に咲いていた海宇(カラー)の花を見て、花入れが生まれました。また、秋海棠の葉っぱを見て、左右非対称の形の鉢が出来、海を泳ぐ、「エイ」の姿、オーロラーを見に、北欧のラップランドまでも行きました。最近では、蓮の花が蕾から膨らむ変化に、魅力を感じてます。 6. それで、忍さんの作品は、曲線的なんですね! そうかもしれません。 自然界のものって、ほとんどが曲線です。水平線だって、大きく見たら、曲線ですね。 以前、個展の会場にお越し頂いた、初めてお会いいたした、素敵な女性から、「あなたは、女性のラインに関心がありますか?」と質問されたことがありました。とっさに、「有りません!」と答えましたが。にたっと笑われ「あなたは、潜在的に持ってるわよ!」と云われました。当たり前です。それがない男性はいませんよね。 そのような、曲線表現をするのに、「やきもの」は非常に適している素材です。 他の工芸にないやきものの特徴は、いくつか有りますが、何だと思いますか? 先ほど来、申しあげている、粘土で、形を作るということです。 水分を含んだ土が粘土です。粘土の、ほかの素材にない特徴のひとつが、「押せばへこむ」ということなんです。この、押したり、引っ張ったりできる粘土を、「活きた土」と昔から、陶工は言ってました。 乾燥した土からは、この表現が出来ません。これを「死んだ土」といいます。 自分を表現することに、作陶という手段を選んだからには、この粘土の特徴のひとつである、押したり、へこませる、可能性を充分に生かすことが、私の義務でもあり特権でも有ると思ってます。 そして、このようにして、作ったものを窯に入れ、炎の中をくぐり、浄化やされ、焼かれたものは、厳しい形であっても、どこか、柔らかさがあり、冷たそうでありながら、どこか、温かみが、表現されると思っています。 これが、私の作陶における、もっとも、大切にしているところであり、 このことを「粘土の持つ、可塑性への限りない挑戦」と、いつも、念頭においております。 7. そんな中で、一番のご苦労は何ですか? 苦労というか、非健康的なことがあります。それは、窯出しなんです。よく、窯出しは「わくわく」「どきどき」楽しいと言われるでしょう。でも、私のような磁器の家の窯出しは、まったく、反対なんです。備前、信楽などの「土もの」の窯出しは、まず一番に、出した作品の、いいところを探すでしょう。 「どの面がいいかな! ここの景色がいいなあ! うまい具合に傾いたな!」など、プラス思考なんです。 でも、我が家では、「釉薬がちぢってなように? 黒ポッチがないように? 歪んでないように?」と欠点を、まず、探します。そして、何にもなかったら、ほっとします。マイナス思考なんです。 「わくわく」「どきどき」なんてことは、まったくないんです。 「ハラハラ」「ヒヤヒヤ」しながらの窯出しなんです。 「いかに自分が思っている理想に近づくかで、思ったよりよかった」なんてことはないんです。思ったより、悪かっただけの世界です。 そのような、あら捜しをしていますので、人間性もきっと、悪くなると思ってます。 焼き締めをなさっている友人に、このことをお話したら、 「忍さんのは、いいよ!簡単ジャン! 計算して、計算どうりに焼けばいいんだから」「こちらは、火にゆだねて、どうなるのか分からないんだよ!」 と言い返されました。 隣の芝生ではないですが、他人のことがよく、お互い見えるようです。 隣の芝生といえば、漆の作家が窯出しを見て「焼き物はいっぺんに沢山できるから、いいなあ」といいました。でも、違うんです!「何ヶ月の仕事をまとめて窯に入れます。ですから、窯出しの時に、いっぺんに出来たように」見えるだけなんです。 まして、最後の工程の窯で失敗したら、今まで一つ一つ積み上げたことは、全てパーです。 これを私は、野球に例え「9回の裏、逆転、さよならホームラン、負け」と言ってます。 こんなこと行ったら、叱られますが、漆の方は、少々傷が出ても、磨いで、また。塗れば元に戻りますでしょ。焼き物はどこで、失敗しても、だめです。そして、最後の最後に大変大きな「賭け」が、待っているいんです。それが、窯です。ですから、焼き物やさんは、窯を焚き終えた後、必ず、手を合わせますし、そして、合わせたくなるんです。 そんなわけで、逆算も出来ないんです。窯出して、初めて、作品なんです。 その代わり、焼いてしまったら、もうどうすることも出来ないんで、諦めと、開き直りが早いです。 日本画の友人がいますが、彼の奥様が、いっておられました。「個展搬入の前日まで筆を持っているんですよ」これで、終わりと、自分で決心が付けられないそうです。 8 それでは、ご自身の作品選定というか、やきものの見方はどうなさっていますか? これは、祖父から、教わったことです。仕事を始めた18歳頃、祖父は夕方4時過ぎには、仕事を済ませ、晩酌です。父は6時まで仕事をしておりましたので、私は、祖父のお相手です。お相手と言っても、父が来るまで、祖父の前に正座し、祖父の昔話を聞きながら、徳利を持ってお酌をするんです。その折の話のひとつに、「やきものはなあ」と何度も、聞かされました。 「当たり前だが、目で見るんだ」 「そして、手に取ってみて、重さでなく、手取りを確かめろ」 「そうしながら、肌の感触を味わい、高台を想像しろ」 「その次に、品物を返して高台を見て、いいなァ、感激したら、お前は、無意識のうちに、自分の手の親指の腹で、そっと、撫でいるはずだ」 「そういうものが、いいもんなんだ!」 「茶碗」や「盃」などの口に当てるものは、必ず、口をつけてみろ」と言われました。 そして、酔った時は、この話には、必ず、落ちがあるんです、「焼き物はな! 異性と同じなんだぞ」といっていました。 私の個展の折の、作品選択方法ですが、作家はどうしても、自分の主観で作品を見てしまいます。苦労したり、失敗が多かったものは、可愛く見えて、甘くなります。また、その日の精神状態で、眼は変化します。 ですから、私は、私の心の中に、ある理想の人物を置いております。 そして、その方に「この作品を見せられるかどうか、反問してみます」このことにより、かなり、冷静に良し悪しが見れるようです。 これは、ちょっと、「恥ずかしいなァ」「叱られそうかなァ」と思うことが、客観的に作品を見ているのです。 ですから、その、自分の心の中にある人物が、より高貴で、厳しい方でないと、作品選定が甘くなってしまいます。 でも、厳しいだけでは、作家は育ちません。時には、おだてて下さり、その気にさせることも必要です。 反対に、思い上がったら、叱ってもらわないと、すぐに図に乗ります。 また、うまくいかないと、いじけます! 大変難しく、デリケートなんです。 いい鑑賞家と、めぐり合って、初めて、良い作家が育つんだと思ってます。 今日は、沢山の鑑賞家と、めぐり合って、これから、いい仕事が出来ると信じています。 追加、 黒、白の茶碗も、作っておられますね? はい、実はこれは、「禍を転じて、福」にしようと、したものなんです。 青磁の場合、釉薬の濃度を濃くし、厚く掛けますので、どうしても、ふやけてしまい、ちぢりが出やすいのです。そうなってしまうと、作品としては、欠陥です。しかしながら、ちぢりは沢山出ます。このことに、大変悩まされており、窯出しが、ハラハラ ひやひや なんです。 そこで、この悩みから、開放されたく思い、ちぢっていてもいいもの、すなわち、「火間」を見せる作品を思い立ちました。これなら、窯の中で少々ちぢっても、火間が増えるだけで、かえって面白い景色になるかもしれません。 ハラハラ ひやひやから、開放され、窯出しが、すごく、健康的になりました。 「火間」とは、火の間と書きますが、釉薬が掛からなかったところのことです。釉薬が掛かっておらず、素地に、直接、炎が当たるから、そう呼んだんだと思います。 薬がけの行程も、楽しいです。左手に作品を持ち、右手の持った柄杓の勢いで、決まるんです。 ですから、そのときの、精神状態が高揚していると、派手に掛けたくなります。反対に、落ち込んでいたり、いじけていたりしている時は、地味に掛けてしまうんです。それと、左手の指二本で持ちますから、指跡も残します。 それと、何故、茶碗かといいますと、それまで、私は、茶碗は作っておりませんでした。青磁で茶碗を作りたいとは思っていましたが、あの時点では、まとめることが、出来なかったんです。 そのとき、黒、白で、あの火間と結びつきました。 僕の作品では、茶碗のほかに、盃と湯のみに有ります。 形を作る面でも、青磁と違い、自分の手の、掌を使い、クルクル回しながら作るんです。削りの工程も、青磁の場合は、外側を削りますが、この手のものは内側を削っております。 ですから、青磁の作品とは、まったく、正反対の気持ちで制作出来るんです。 青磁の仕事が、行き詰まったり、いやに成った時に、いや、このような仕事をしたい気持ちになった時に、試みております。 |
(淡交会講演原稿控え 2005.7.22 二ノ宮ラディアンにて) |