
| 禍は重なるといわれるが、昨年の我が家はちょっと大変であった。 八月に弟を亡くし、その七七日法要の日に父が逝ってしまった。弟は数年前に大腸癌が見つかり、その時すでに、肝臓、肺にまで転移しており、物理的治療の段階を超えていた。投薬、放射線、漢方、温泉、等の治療を試み、一時は、持ち直し、このまま、病を抱えながらも、永生きしてくれると、信じた時もあった。 我が家は、祖父の代からの陶芸家である。私と弟は、祖父、父の元で、この道に入り、10数年前に弟は独立し、湯河原に窯を構え、私は、大磯にある父の窯を継ぐかたちとなった。その父は弟の独立後に、脳梗塞で倒れ、何度も、発作を繰り返し、闘病状態であった。そんななか、弟は娘ふたりを嫁がせ、張っていたものが途切れたのか、その後ひと月足らずで・・・。 「介護の父を残し、先に逝くなんて・・・・」 同業でもあった為、葬儀の裏方を手伝うことになるが、七七日法要で、親戚が集合したところに、父がお世話になっている病院から、緊急連絡が入り、家族みな、そのままの姿(喪服)で、駆け付けることとなった。 「何で、こんな時に・・・・・、 弟は、淋しくて父を迎えに来たのか」 その後、雑務の流れに従わざるを得ない日々が続いて、先のことを思っても、「溜息」が出るだけであった。 そんなある日、永く続いた父の顔を見に行く習慣が無くなっていることにふと気が付いた。会いたい気持ちと義務とが、交錯する日々であもったが、もう、会えないのだ。いや、終わったのだ。 きっと、弟は辛かった自分の癌との闘いの中で、父を永く続いた闘病生活から解放させ「一緒に、ゆっくりしようよ」。そして、兄貴へは「永いこと、御苦労さんでした」と言いたかったのだろう。 今は、二人が、「静かに、私を見守っていてくれる」と、信じられるようになりました。 |
タイムス(2008年7月サン・ライフグループ)に寄稿 |