生きた土 死んだ土
酒会壺を囲んで
汝官窯への想い
三千年目の再会
中国北方の旅
韓国 慶北 間慶窯にて作陶
そこに座れ
上林湖、景徳鎮の旅
中国江南の旅
宜興 丁蜀鎮
デビットコレクション
青磁の魅力を探る
和様と唐様
初代川瀬竹春
高麗青磁素文蓮花形碗
淡交会講演原稿抜粋
安宅コレクション
テストピースの制作
亡き弟からのメッセージ
魅せられた青磁と自作
奥深き中国陶磁の魅力
もし、出会っていなかったら
外焔

ご紹介頂き、有難うございます。
まず、今日は、この東洋陶磁学会の研究会に発表する機会を頂き、大変有り難く、光栄に存じております。  

今回、ここで、お話をするようにと、お電話を頂いた時、
まず、「私は何を話せばよろしいのですか?」とお尋ねしましたら。
「今、なぜ、あなたが、あのようなものを作っているのは、どうしてか? そのことを、語ってください」といわれました。 
瞬間、私は何かいけないような、悪いことでもしてきたのかなぁ と感じてしまいました。

そうなのです。私のような、作品を以て、自己表現をしている立場のものが、しゃべったら、「言い訳」「弁解」にしかならないと思うのです。

ですから、今日は思いっきり言い訳を語り、自己反省をするということで、わが身を振り返りたく存じます。
たまたま、私は、寅年、来年は還暦です。
原点に振り返ると、言うこともありますので、
よろしくお願い致します。

 

実は、東洋陶磁学会様には、私の祖父の代より、入会させて頂いておりました。それは、古陶磁、特に、中国古陶磁が好きだったことによるものでした。

ちなみに、東洋陶磁学会の「東洋陶磁」創刊号のトップページには、カラー図版で、唐三彩の鍑が掲載されて唐三彩の鍑 いることからも、判るように、古陶磁の学会であると思っていました。また、私も関心の深い、南宋官窯の論文が掲載されておりました。
覚えておられますか、昭和49年。35年前です。

ところが、数年前より、現代陶芸の世界にも、研究分野が広げられたことに、驚きを感じましたし、嬉しくも思いました。
ただ、現代陶芸の中のトップアート的なものに集中していたようで、いささか、不満でした。
私のような、温故知新的作家は、どっちつかずと思われていたのではと、思っておりました。
その辺は、まだ、ご依頼し頂いた方に何も伺っておりません。

さて、今日は、
私がこの世界に入ったことからお話させて頂き、憧れた古美術、そして、ひらめきを頂いた自然界の順にお話させていただき、最後に質問がございましたら、お受けいたします。
入門したのは、高校を出てすぐです。いいも、悪いも、たまたま、家業だったからです。

小学校時代から、小遣いがほしいために、お手伝いをしました。土砕き、スイヒ、土合わせなどです。ですから、土揉み程度は、その時点で出来ていましたから。いきなり、轆轤の生地つくりをさせられました。その当時、我が家では割烹食器を30個ないし50個を作っておりましたので、汲みだし、蓋向付、芙蓉手の皿、猪口、とほとんどが薄手の染付けや、赤絵でした。
今思うと、薄手のものを好むようになったのは、この時の、影響だったのではと、振り返っております。
ただ、生地作りばかりで、絵付けの方は、まったく、させてもらえませんでした。
そんな折、染付け釉薬の濃く溜まったところ(高台脇など)を見ると、青みが濃くなっています。
そこで、意識的に濃く掛けたものを作りました。
それを、祖父に見つかり、「お前!青磁が好きなのか?」といわれたので、とっさに、「ハイ」と答えたら、祖父の参考品の龍泉窯の袴腰の香炉をみせられ「これに負けないようなものを作ってみろ」とその香炉を与えられました。袴腰香炉
この袴腰をよく見てください。口作り口アップ、足の稜線足アップ、極めて作行きのするどいものです稜線アップ。ただ、残念ですが大疵ものです画底。逆に、そのおかげで我が家で、買えたのだと思います。画底アップ

これが、青磁の世界に入るきっかけでした。
当然ながら、まずは、テストピースの色見です。幸い我が家の窯は、月に2、3回火が入りましたので、
必ず、その窯の中に、テストピースを入れてさせてもらいました。
このことは、父も、大目に見てくれていたようでした。

まがいなりの土、釉薬が出来、鉢を作って、窯に入れさせてもらった中で、たまたま、開入の入ってしまったものがあり、意識的に色付けをしてみました。というより、東京国立博物館にある横川コレクション横川さんの鉢の南宋官窯の鉢の姿、釉薬に魅力を感じ初めてころだったのです。
ただ、祖父からは、「こんな、焼きそこないを何故作るのだ」と、叱られました。なるほど、祖父たちが勉強した時代、特にお茶方の人たちは「砧青磁」が最高峰で、南宋官窯タイプの青磁は清朝のコピーとの解釈のようでした。
まして、砧青磁の窯の焼きすぎには開入が、入ってします。

しかしながら、若き作家を目指す眼としては、南宋官窯の方が、位が上であるように思え、憧れておりました。安宅さんの八角、梅澤さんの砧形、根津さん大内筒、海外では、デビットさんの花入れ、大英の下蕪、フリアーの砧形などを、習うことに挑戦しておりました。

そんな折、台北の故宮博物院へ南宋官窯の勉強に行く機会に恵まれ、何日も通い続けました。その当時、図録というものが未だなく、必死になって、見たような気がします。(皆様も、絶対に展覧会図録は買わない方が言いと思います。いや、売り切れたと思うと、真剣に見るのではないでしょうか)
毎日通い、顔見知りになった、故宮博物院の展示室の守衛さんからは「何しに来た」「こんなものを作って、儲かるのか」と尋ねられた経験もあります。実は、私のポケットの中はテストピースの色見が沢山入っていて、こっそり隠すように見比べていたのです。

しかし、南宋官窯を勉強に来たのだが、隣の部屋にある、南宋官窯にはない、
静かで、控えめで、温かく、柔らかく、見る人を吸い込んでいくような青磁の一群あり。(その当時は沢山の展示物があった)魅力を感じておりました。

それが“汝官窯”です。水仙盆 洗、洗、輪花承盤、楕円洗、瓶

一昨年、その特別展がありました。皆さまも、ご覧になられたとれ思います。
ただ、あの時は、展示方法があのようであった為、私の思う汝官窯の魅力はまったく、感じられませんでした。とても、残念に思いました。

その後、何度も、故宮博物院には足を運び、「触ったら、温かそうで、押したら、へこみそうな柔らかさ」を体験させてもらい、自作にも、そんな雰囲気が出せたらいいなあと、憧れておりました。

収蔵庫内にも入れていただく機会にも恵まれました。拝見、

この写真をよくご覧になってください、20代の私です。
いや、私が手にとっている花入れを見てください。先ほどの汝官窯です。下にあるのは私のテストピースです。
違うでしょ!!肉眼で見ると、かなり近くなっていると思っていたのですが、帰国後この写真を見て気付くのですが、汝官窯はフラッシュの光を吸収するのです。
私のテストピースはハレーションを起こしています。
このことが、汝官窯の魅力のひとつである、見る人を吸い込んでしまうのではないでしょうか

 

最近思うのですが、
南宋官窯を「気品のある貴公子」

汝官窯を「慈悲深い女性というか観音様」
と呼んでいます。 如何でしょうか。

 

当時の院長、将院長さん 将院長 と、汝官窯の魅力は、字のごとく、汝は、「さんずい」に女ですね、将に「水も滴るいい女性」とお互いに相槌を打ったことがありました。

また、あちらで、お世話になった、東洋陶磁学会の会員でもあられた博物院の顧問の方には、
「そんなに、汝官窯に憧れているだったら、お嫁さんは中国人を持たねば、あのようなもの出来ないよ!」
「次回来るときまでに探しておくから」とまで、いわれました。
そのとき、私は、今の奥さんと、もう内心、決めていました。
ですから、結婚するまでの間、暫くは、台北に行けませんでした。
あの時、あちらの方の意見を素直に聞いていれば、今、もっと、ましな作品が出来たのかもと後悔しています。

まあ、お嫁さんは日本人になってしまいましたが、あの魅力を再現するにはどうしたらいいのか!と思い続けておりました。
当たり前のことなのですが、不可能だと、気が付きました。

それは、まず、時代が違う!!これは、タイムマシンでもなければ、無理です。それでは、「あの憧れるものが出来たときには、陶工は何を見て作っていたのだろう?」
「当然、その前の時代のものです。だったら、その前の時代、五代、唐時代の文物を見て、それに浸ろう!」
「その唐の文物に浸っているうちに、これが出来た時は???」
という具合に
「段々と、古いものに関心が向いて行きました」
「だったら、人類が最初に作った造形物は、何からイメージしたのだろう」
「何だと思いますか?」
「当然、人が作ったものではないものです。  自然のものですね!!」

その最初に気が付くのが、このカラーの花です。カラーの花
そして、イメージした花入れです。カラーの花入れ

ここまでくるのに15年かかりました。
でも、よくよく、考えますと、菱花式の鉢針木(台北では菱花式と呼んでいます )の輪花のサイクルを、これは10ですが、6,5.3定窯の鉢と少なくしてみてください。そして、1つにすると、ハートになるのです。
「粋がって、カラーのイメージなんていっていますが、究極の輪花だったのです」
思えば、修行時代に祥瑞のこの針木の皿針木の皿を沢山作らされたことがありました

このあたりから、あの憧れの汝官窯の魅力のひとつである、温かく、柔らかな雰囲気を表現するのに、釉薬も大切だが、形を持って試みようと思いはじめておりました。

温かさを求めるに、自然界の有機物から、造形のヒントをもらい。
柔らかさを求めるのに、粘土の可塑性を生かしていく。
という、作陶姿勢が見えてきました。
これは、今、振り返ると、理由付けするのであって、その時点では、ただただ、夢中で自身でも、気が付いていませんでしたが。

カラーのハート型の次に、
ふと、庭にある秋海棠の葉を見て秋海棠の葉、左右が非対称であることに、気が付きました。
これが、そのイメージの鉢です。非対称の鉢

こうなると、非対称のバリエーションで、かなりの形が表現できました。10景の皿(ハートから、4カット)

 

これは、エイです。エイの泳ぐ姿
子供と、水族館に行った折、あの優雅に泳ぐマンタの姿を見て、思い立ちました。ただ、私は轆轤を持って、表現するので、菱形でなく、円形になってしまいました。エイの平瓶 これをたまたま、個展に来られ、ご覧になった、動物で有名な、ムツゴロウさんが「お前は、どうして、円形のエイを知っているのだ?!」と質問されました。円形のエイはアマゾンと、東南アジアに少し生息しているだけだそうです。エイのモビール

その後、縁有って、アマゾン熱帯魚、現地視察ツアーに参加させてもらいました。熱帯魚屋さんの親爺さんと、息子のツアーで、マナウスまで、飛行機で23時間乗って行きました、アマゾン川では毎日クルージングでした。釣った魚は、「日本だったらどのくらいで売れるか?」なって皆さんお話をしておられましたが、私には、まったく、判らず、蚊帳の外で、冷たい飲み物をいただくだけでした。(朝と夕方は蚊帳の中に入りましたが)おまけにアマゾン川は濁っていて、大自然の中で生息しているエイの姿は、見ることは出来ませんでした。ただ、水が引いた砂地には大きな円形のくぼみがいくつもあり、これはエイが休息した跡であると教えられました。このご縁の延長で、我が家ではこの淡水エイを飼っております。名前は「まりちゃん」です。

これもアマゾンでの体験からですが、鶴汀1迷路のような湿地帯を小さなボートで、走り回りましたが、いたるところに、何をしているのか、じっと、動かない大きな水鳥が沢山生息しておりました。鶴汀2休んでいるのか、魚を狙っているのか判りませんでしたが、そんな風景を心象しました作品です。鶴汀3

これは有機物ではありませんが、自然現象のオーロラです。オーロラの画像、オーロラのアップ
イメージ作品はこちらです。オーロラの花入れ
親しくしている料理屋さんのカウンターで、オーロラの写真家と偶然お会いし、軽い気持ちで「今度の取材に連れて行ってくれ」とお話をしましたら、忘れたころ、「行かないか?」と誘われ、ただ、「条件がある。国際免許を取ること、旅行中は自炊であること」でした。北欧のサンタクロースで有名なラプランドです。二週間ほど滞在しましたが、オーロラを体験できたのは最後の2日間だけでした。
オーロラの合成作品
でも、待たされたことも、有ってか、感激でした。よく、夜空のカーテンと表現されますが、頭上真上に円径をなして体験すると、まさに、フレアースカートの真下にいるようです。そして、オーロラのたなびくようなエッジのラインはゆっくりヒラヒラと揺れながら、下方に下りてくるのです。
頭を上に向け、見とれていると、どうなるか想像して下さい。そのフレースカートの中心部に吸い込まれていくような錯覚になるのです。感激ですよ!!

人鳥1これは、ペンギンからです。
南極へ見に行く計画でしたが、親爺が健康を害し急遽、断念しました。すると、面白いもので、あの歩く姿にのめりこみました。人鳥2
ペンギンを、漢字で書くと「人鳥」と書くこと、皆さんご存知ですか?
私も、取り組んでいる中で、知ったのでしたが、なるほどと思いました。決して、鳥人ではありません。人鳥

先程、申し上げましたが、粘土の持つ特徴のひとつである「可塑性」それを、表現しようと、輪花から始まり、ここまで来ましたが、全て、器形の上部というか、口辺を曲げたり、巻き込んだり、したものです。

水指1これは器形の中心部の胴を叩いて曲げ、作った造形です。水指2、水指3轆轤で挽いて、一旦削ります。そのあと、土に水分を加えることによって、粘土の可塑性は蘇ります。削り込んだ面取りとは違い、暖かな柔らかい表現となります。5角徳利これは徳利ですが、土の厚みが一定で、見かけより沢山入ります。5角徳利上から酒飲み用徳利です。

捫扣の壷これは、器形の、一番下を同じような技法で、叩いて、造形したものです。捫扣の壷

3足香炉これも同じ技法ですが、轆轤を挽いて、すぐに、巻き込んで造形します。

この技法は3000年前の中国、西周時代にありました。灰陶の鬲灰陶の鬲を眺めている内に、技法の痕跡が見つかり、灰陶の鬲裏、底、底アップ、技法を再現しました。
三つ足のものを作るのに、一般的には、胴と足を別々に作り途中の工程で、ジョイントする方法をとっていましたが、まず、鬲の工程8カット
というわけです。

3000年ぶりに私が復活しと、自負しております。
そんなことよりも、この技法で作りますと、胴と足のラインがひとつとなって、流れるような造形が可能なのです。
足を長くアレンジしたものが、これです。永い三つ足香炉、
そして、逆に短くしました。低い三つ足香炉

ただ、ここまで、40年近く、縁だ、胴だ、足だと、グニャグニャ曲げて、粘土の持つ可塑性を追い求めて参りました。

その後、「そんなこと、何もしないで、可塑性を表現できないかと、悩みました。大鉢、鎬鉢
それが、静碗となづけた、茶碗です。茶碗4カット

そして、この曲線表現をも捨て、直線だけで、経筒粘土の可塑性を表現しようとも試みました。その個展作品です。筒3カット 外焔筒2カット

ここまで、やってみましたら、また、戻ってしまいました。
というより、 この実と出合ったのです。
なんだか、ご存知ですか?
実際は実の房このように沢山ついています。
桐の実です。

一旦轆轤成形をして削る作業後、水分を与え、曲げたり、叩くのではなく、今度は、カットを加え妖青ダイナミック。可塑性を利用して、開いたのです。妖青5カット
そして、轆轤成形ですと、乾燥、焼成で、戻ろうとする力が加わり捩れます。その捩れることを、敢えて利用したものがこれです。妖青ネジレ

そして、今取り組んでいるのが、この蓮です。蓮の花と葉
花でなく葉っぱから触発されました。輪葉の鉢

まったく、規則性のないランダムな輪花です。  これが、大変難しいのです。

蓮の葉っぱを観察して、ある程度の約束はあるようですが、同じものはありません。ですから、どのような形にしてもOK、「なんでもあり」の世界と思って取り組みましたが、なかなか、姿のいい「うねり」は表現できません。まして、見る角度によって輪葉の鉢4カットまったく、表情を変えます。輪花でなく「輪葉」なんて、名前は付けましたが、なかなか、いい形と思えるものが取れません。規則性のあるものの方が、たやすいように感じております。

そして、始めに、輪花の究極サイクルが1だと、申し上げましたが、
その上にゼロサイクルの輪花があったのです。

 

このように、粋がって、ひとりよがりになって、作ったり。
迷い、悩み、ふらつきながら、悩んでおります。

ただ、先日、面識のない方より、メールを頂きました。
あなたの作品は、舐めたら甘く美味しそうに感じます。と書いてありました。

触れたら、温かそう
押したら、へこみそう

それよりステップが一段上ったような言葉に感じ、
自身の憧れている方向には、進んでいるかなと、嬉しくなりました。

これからも、このようなことを、繰り返しながら、その時々の想いを感じ、それを表現していきたく思っております。

何か、いい足らないことが沢山有ったような気がします。
これから、御質問があったら、お聞きします。

ないようなので、来週からのNYでの個展のお知らせです。
本日は、有難うございました。

(東洋陶磁学会講演 於、東京国立近代美術館 2009年3月8日 原稿)