私も、中国陶器が、大好きなひとりです。
祖父、父が、中国明時代の やきものを研究、再現することを仕事としており、そこに生まれ、自然に中国陶磁には親しんでおりましたが、
そんな中で、最初に自分で買ったものは、二十歳の時でした。染付けの芙蓉手の皿でしたが、父の作品をお客様に届けし、代金を頂きました。
その帰りに、そのお金で、ある古美術店に立ち寄り、買ってしまったのです。帰宅後、貯金していた小遣いを下ろして、父に返すつもりでしたが、帰るなり、父にコテンパに叱られました。でも、祖父には、ほめてもらいました。今でも、記念に大事にしまってあります。
魅力に完全に、はまったのは、24歳の時、台北の故宮博物院で、汝官窯の作品を手に取らして頂いたときです。
あるきっかけで、青磁を始めますが、祖父からは「砧青磁が一番」と教えられ、祖父の参考品の中の「袴腰香炉」を与えられ、それを習うように指導されました。でも、私としては、上野の博物館にある横川コレクションの南宋官窯の鉢が好きで、目標としておりました。でも、祖父からは開入の入った青磁は「焼きそこない」だと、叱られていました。
そんなおり、ある方のお勧めで、南宋官窯の青磁を、勉強をするならと、台北の故宮博物院へ紹介の手はずをして頂き、伺ったのです。
当然、あの南宋官窯の圧倒される、魅力と数の多さに驚き、毎日伺って、その部屋の守衛さんとも、仲良くなるくらいでした。
でも、隣の部屋に、静かで、控えめで、暖かく、見る人を吸い込んでいくような青磁がありました。
それが“汝官窯”でした。
帰る前日に、手に取らせていただく機会を頂ましたが、ほとんど汝官窯の作品に絞らせて頂きました。
以後、今日まで、あの魅力に心ひかれております。
【第一部】中国陶磁の魅力
①形について ただの土から、金にも勝る形(美術品)を作った
文明の発祥地では、やきものが自然現象的で発生しています。
それは、火を手にした人類が容器を作るために粘土見つけたことによります。文明の地は大きな大河が流れています。大きな河の岸には上流より細かな土が流れ、自然に水簸が行われ、堆積します。それが、粘土です。(私も、旅先で、その粘土を以て、記念の盃を作ったりしております)
その、粘土で作られた、生活道具が、祭器、明器へと、進む段階で、限りなく、造形を意識しながら何千年という歴史の流れに合わせ発達し続けたのが、中国陶器だと思います。
人類が持った形を作る素材で、最も適したものが粘土です。それを、一番有効に、使いこなしたのも、中国陶磁の歴史だと思います。
ただの土から、金にも勝る美術品を作りました。(金より勝るやきものは中国陶磁だけでは、ないか!?)
②色について 眼に見えるやきものの色とは 釉薬を通してみた、土のなのです。
そもそも、容器の水漏れ防止が結果的に、炭化の黒の発生となり、
自然釉というか、灰釉が、褐色、緑、青である青磁へと発展してきたのだと思います。
やきものの着色材は金属ですが、身近の酸化鉄が一番使われています。沢山入っていますと、黒、含有量少なくなるにつれ、茶色、オリーブグリーン、緑、青、水色、となります。まったくなくなると白です。
また、低火度ですと赤、黄色もみんな、酸化鉄が使われます。
ただ、釉薬は半透明のガラスのようなものです。
ですから、皆さんが見ているやきものの色とは、釉薬の色だけではなく釉薬を通してみた、土の色なのです。特に青磁の場合は、釉薬が同じであっても、土が違うと、まったく、印象の違う雰囲気になります。土が白く磁器の割合が多いと、より、明るくシャープな表現となり、土を黒くすると、重厚感がで、陶器質をますと、柔らかな、温かい表現となります。
また、開入が入ると、目の錯覚で、色が違って見えることもあります。
③文様、装飾について やきものに衰退をもたらしたもの
装飾、やきものの中に、染付けが現れてからは、やきものの主眼が装飾へと移行します。そして、形で表現するということが、二の次になり、私にとっては、それまでの「やきもの」とは、違うものと思っています。
やきものは装飾をするためのキャンバスという意味合いになってしまったのです。
ですから、装飾は私が思うやきものに衰退をもたらしたものと、解釈しています。
【第二部】中国陶磁のすごさ
①歴史の古さ
古さというか、新しさというか、
大汶口の「鬹」
四川の耳付きの黒陶の造形
山東龍山の高脚杯のシャープさは現代でも通じる造形です。
②技術のレベル
やきものを作る作家として、当然のことですが、粘土という素材から形を作ります。粘土の持つ特徴というか、ほかの素材にない利点は、可塑性にあると、私は思っております。轆轤の発明により、益々、その利点が如何なく発展されて行き。粘土の持つ柔らかさを表現しています。
それが、ある時期から、装飾が重きをなすのと,相まって、技法的に違った方向へ進みます。私のこだわりからは離れます。
作陶する立場から技術面の凄さを感ずるのは、やはり、
山東龍山の黒陶卵殻高脚杯:
あの造形と土の薄さです。あれだけ薄いのに研磨してあります。
研磨は粘土に水分が残っていなくては出来ません。でも、水分が残っていると、まだ可塑性が残っていることとなり、あの器形と胎土の薄さでは、ゆがんで、壊れてしまいます。どのように作られたか。
薄手のものを得意としていますが、私の技術では出来ません。
それに、やきもの関係以外の方に見せて、手に取ってもらうと、ほとんどの方が、やきものとは思われません。
憧れて、再現の試みをしておりましたが、そのとき気が付いたのです。
現代だったら、プラスチックで作ればいいのだと、そのとき以来、諦めて、無駄な抵抗はやめることにしました。
ボーフラ(南瓜):
煎茶で使われるお湯を沸かすためのものですが、特に「南瓜」といわれているタイプのものは、紙より薄いくらいで、それも、轆轤を引きっぱなしなのです。削っていないのです。轆轤から外すときの指跡の痕跡も残っています。これもまた、とてつもない技術であります。
③伝播性 凄いこと
龍泉の大窯へ尋ねたときのエピソードですが、私は温州から、バスで 麗水経由で甌江に添って登って行き竜泉市に着く、大窯へは市内より三十キロ程南下し『大梅口』を左折して、水牛の糞とぬかるんだ土の混ざった泥んこ道を一時間程走り、車を降り徒歩で山を越えること三十分、ようやく、めざす『大窯』窯址へ、そんな今でも大変なところです。同行の友人に「僕のアトリエがここだったら買い付けに来てくれるか?」と尋ねたが、「絶対無理だよ!」と云われた。しかし、数百年前ここから焼き上がった作品が荷駄に乗せ、筏に積み、帆船を利用して遠く日本まで運ばれて来たのだ。いや、中東までにも伝わっている。凄いことだと思います。
それにもまして、この事実は、如何に原料、燃料を沢山必要としたか、即ち、失敗が限りなく多かったことを物語っています。すなわち、完成品を運ぶこと以上に原料、燃料を運ぶことのほうが、大変であったのです。でなかったら、もっと、交通利便性があるところに窯業地が出来たはずです。
【第三部】好みの中国陶磁五選
制作面からですと
山東龍山 黒陶卵殻高脚杯(個人蔵)
北宋 白磁鳳首瓶(大英博物館と個人蔵)
作品の魅力からですと
北宋 汝官窯(個人蔵)
南宋 官窯八角瓶(大阪東洋陶磁美術館)
明成化 染付瓜文鉢(大阪東洋陶磁美術館)
*ほかに、印象の深かった中国陶磁など
唐物茶入れ
ボーフラ
④エピソード
台北 陳少尉さんからのお嫁さんのお世話
中国陶磁に憧れ、台北の故宮博物院へ最初に行ったのが、二十歳過ぎでした。その折、お世話になった当時の博物院顧問の陳少尉さんから、「本当に中国陶磁の魅力に迫りたいのか!?」と。尋ねられました。当然ながら、「はい」と答えたら、次回来るときには、「お嫁さんの世話をする。中国の女性を奥さんにしなくては、それは、成し遂げられない」といわれました。でも、今の奥さんは日本人です。
どうも、それがいけなかったようです。
やはり、お世話になった、当時の院長 将院長さんとの、憧れる汝官窯の釉薬の肌の話題で、
日本にはことわざで、「水もしたたる、いい女(男)」という表現があり、まさに字のごとく汝は「さんずいに女」だが、中国でもあるかとお尋ねしたら、やはり「あります」とお答えになりまして、汝官窯の魅力で意気投合しました。
それ以降、汝官窯の魅力を一口で語れといわれたら、このことを話しております。まさに的確に表現していると思いますし、納得してもらえます。
「まだ、その生まれた汝州の地は訪ねていませんが、いつか、両者に会いに行きたいです」「まだ、遅くないと思っています」
→伊東先生はよく行かれておられますが???
(一ヶ月後、汝州を旅し、清涼寺、張公港の窯址を訪ねる)
汝官窯の魅力
優しく高雅な幽玄の美しさを感じさせる。
中国の陶器と日本のそれを比べる場合、つめたい、かたい、と評するが、こと汝官窯には、この言葉は当てはまらないと思う。決して威張りもせず、心静かに自分を抑え内面から滲み出るものを表現しているのだ。力強さというものは表面からは感じられないが、だからといって弱いのではない。
観る者をその魅力の中へ吸い込んでいく世界。
作品自らが魅力を誇示しようとしない世界
雨過天青という言葉の青に、澄みきった青空をあてるが、私は澄みきる数時間前の湿潤なうるおいのある空気の中に見る「青」と思いたい。まさに汝官窯の釉調である。
押せばへこむのではないか、体温があるのではないか、だれもがパッと目を見張るようなものではなく、気を留めていないと見過ごしてしまうような存在。
汝官窯を見ると、いつもこの様なことを想うのである。そして、この“想い”に憧れながら、自分の心境をダブらせたいのである。
そして、汝官窯を、慈悲深い女性。
南宋官窯を、貴公子 と感じている。
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