生きた土 死んだ土
酒会壺を囲んで
汝官窯への想い
三千年目の再会
中国北方の旅
韓国 慶北 間慶窯にて作陶
そこに座れ
上林湖、景徳鎮の旅
中国江南の旅
宜興 丁蜀鎮
デビットコレクション
青磁の魅力を探る
和様と唐様
初代川瀬竹春
高麗青磁素文蓮花形碗
淡交会講演原稿抜粋
安宅コレクション
テストピースの制作
亡き弟からのメッセージ
魅せられた青磁と自作
奥深き中国陶磁の魅力
もし、出会っていなかったら
外焔
これからの茶道具
雨過天青
雨過天青
砧が一番!

 この数年、中国青磁の展覧会が続いている。特に近年、窯跡の研究が進み、幻とされていたものが現実を帯び、「ものはら(廃棄場)」が見つかりつつある。   中国陶磁の魅力に憧れる一人として、大変嬉しいのだが、作り手でもある私にとっては、全てが暴かれてしまうことは、悲しみでもある 。

 そのような中、新装なった根津美術館で、伝世品を中心とした青磁の展覧会が開かれる。

 陶家に生まれ、当たり前に、この世界に入ってしまった私に、祖父(初代竹春)から最初に与えられた指示が、龍泉窯青磁の袴腰香炉を習う事であった。 祖父の参考品である、この袴腰香炉は、大変作行きの厳しいもので、ただ、焼成温度が上がりすぎてしまった為、足が曲がり、へたってしまっている。しかし、口作り、肩と足の稜線は、まさに、袴の襞の折れ線を見るようで、大疵ではあるが陶家の参考品としては、一級品である。

「仕事」に厳しかった祖父に認めてもらおうと、一生懸命に、そのシャープな作行きを意識した。 その事が、その後の私自身の作品制作に大変影響したし、今でも、時折、祖父から譲り受けた、その袴腰香炉を出して、眺めている。

 そんな、祖父から与えられた勉強をしているなか、上野の東京国立博物館で、横河コレクションの「南宋官窯の鉢」に出会った。祖父からは、「青磁は砧が一番」と教えられていたが、二十歳前の若造には、この鉢の方が“位は上”に見えた。釉調、高台の削り、ゆったりと立ち上がる腰のライン、口作り、そして、後日、手に取る機会を得るが、手取りも、ホァッと、背筋が伸びる錯覚を感じるのだ。

祖父に、内緒で色見テストをして見つかり、「こんな焼きそこないは、やめろ!」と叱られた。(開入が入ってしまった色見は、砧を一番としている祖父にとっては、時代の下がったものと思ったのだろう)。ただ【かたち】を習い始めた頃には、もう「やめろ」とは言われなくなっていた。

 南宋官窯を勉強するには、台北の故宮博物院へ行くのが一番である。 御後援頂いた方から、故宮博物院への手配を頂き、二十代前半には毎年伺った。圧倒される質と、作品の多さに、嬉しく、毎日、同じ展示室に通っていた。ただ、隣の展示室(今と違い、南宋官窯だけの部屋があった)にある、南宋官窯とは、まったく趣を異にしている十点ほどの青磁が気になった。 疲れてくると、そちらの部屋に行って、その青磁を眺めていた。それが、「汝官窯」(その当時の名称)である。

南宋官窯とちがって、そのものから発するような迫力は少なく、作品自身からの表面的な主張は静かに控えている。 そして、見ていると、こちらがその魅力のなかに、吸い込まれていくような気がしてくるのである。

二十代後半に、友人の父上が故宮の院長さんと大変親しい関係と知り、その友人と二人で、私的な立場で伺った。 その折、スナップ写真(フラッシュ撮影)を撮ることを許され、帰国後、その写真を見て驚いた。 汝官窯の作品は、ハレーションをおこしていないのだ。(自作のテストピースはおこしていた。スナップ参照) このことが、見る人を吸い込んでしまう魅力のひとつなのであろう。

南宋官窯は、存在感がはっきりして、胸を張って、威風堂々とした貴公子のようだ。 汝官窯は、その魅力に憧れる人にのみ、そっと、微笑み、温かく迎えてくださるような、慈悲深き女性に思えた。

最近は、古典に習う事よりも、自らの想いを優先しているが、そんな魅力が自作にも醸し出されればと、願い続けている。

 貴公子といえば、大変お世話になった梅澤記念館のご先代様を偲ぶお茶事にお招きを受けた折であった。 その日は朝から、小雨が降り、生憎の空模様でした。 鑑賞陶器も取り合わされて、気持ちよくほろ酔い気分、中立ちのあとの後座には、南宋官窯の砧形の花入れが床間にひとつ置きに飾られ、瀬戸黒の茶碗で濃茶を頂いた。至福のときであったが、その瞬間、朝からの小雨も上がり、障子越しに傾きかけた夕陽が差し込んできた。みるみる、床の花入れの釉調が美しくなってきた。
広間に移るため、貴賓口の障子が開けられた。もう黙っていられず、失礼を省みず、拝見の所望をしてしまった。花(申し訳ないが記憶が確かでない)は外され、水を空けて下さった。なかば、陽が差し込んだ畳の上で拝見させていただき、こんな贅沢が出来る喜びを、ご席主様と大自然に感謝いたしました。 ひょっとして、このような貴重な体験をさせていただいたのは、恐れ多くも、乾隆帝以来なのかもしれないと・・・。

まさに、『雨過天青』
雨が上がり、澄みきる数時間前の湿潤なうるおいに満ちた気を通して見る「青」であった。

(陶説691号  2010.10.1)